この記事はリッこら(http://reallcolumn.ko-me.com)の過去投稿をサイト移転のため、リバイバル掲載したものです。
内容は掲載当時のものであるため若干の違和感があるかもしれません。
ご了承ください。

こんにちは、Re:ALL製作委員会、副編集長の浜村です。最近はすっかり寒くなって、気づけば今年もあとわずか。9号の方は、企画が決まっていよいよ制作が始まりました。今年の12月はいつに無く忙しくなりそうで戦々恐々としております……!

――書いては消して、書いては消してー―

さて、早速本題に移ろうと思ったのですが……いやぁ、コレが悩むったらないですね。僕は副編集長として、Re:ALL Webコラムの校正(簡単に言うと文章をチェックして意見を出すお仕事)をやっているのですが、今までの人の中には締め切りに間に合わない人も居たのですよね。もちろん、皆さん忙しいのは解ってますよ、でもお仕事なんだからちゃんとしてもらわないとなぁ。なんて、偉そうに考えていたのですよ。ところが、自分の番になってみて気づきました。自分の好きなモノについて書く。コレ難しい。まず、好きなモノの選考で悩むし、いざ書きだそうとしても自分の考えが文章化できなくてまた悩む。今考えると前の三人も、同じように悩んで来たのですね。あの一単語、一フレーズが、彼らの苦悩と試行錯誤の末に生まれたものであると気付きました。他人の苦しみは、自分でやってみないと解らないものですね。今度からは、気をつけて校正をしないとなぁ……。

――僕の仕事、僕の先生――

と、話が脇道にそれちゃいましたね。いや、決して今回の話と無関係ってわけじゃないのです。僕が今回書くのは「文章」に関しての事。僕、人の書いた文章を読むのは結構好きなのですよ。だから、文章を読んで、それに感想を出す(だいぶソフトな表現ですが)、副編集長の仕事を結構楽しんでいるわけです。あ、決してお遊び気分でやっていると言う事では無く、折角やるなら楽しまないとね。と言うわけです。
文章と言えば、僕が高校生の頃、面白い先生が居まして。その先生、生徒の名前と顔は一致させて覚えられないのですが、生徒の名前とそいつが書いた文章は合わせて覚えている。つまり、僕が「○○組の浜村です」と言ってもピンとこないのですが、「この前の国語のテストで○○と書いた浜村です」と言うと「あぁ!」ってなる。その先生曰く、文章にはその人の人となりが全部出るそうです。だから顔を覚えるよりもよっぽど効率が良い、とのこと。確かにその先生の言っている事は正しかったわけですが、それにしても極端な先生だったなぁ。全く、何処で勉強してきたのやら……と思ったらウチ(早稲田)でした。うーん、妙に納得。

――編集の重みと、親父の言葉と――

おおう、また話がそれましたよ。つまり文章にはその人の想いやら何やらが詰まっている……いや、その人自身の想いが文章と言う形になって発現していると言っても過言ではない。そうなると文章の校正を行う(副)編集長は、責任の重い仕事になりますね。だってホラ、校正だなんて聞こえの良い単語を使ってはいますが、要は相手の文章にケチつけるお仕事ですからね。自分勝手な意見で文章の良さを殺したら大問題です。人が読む文章である以上、「誤字脱字は無いか」とか、「言葉の使い方がおかしくないか」とか、「誰かを傷つける事は書いてないか」とか、最低限、絶対に見逃せない部分はあるのですが、表現の仕方には「正解」が無いから難しい。文章を書いた方と、それを編集する方で、目指す完成形が違っていて、そのせいで意見がまとまらずに、納得の行かないまま締め切りを迎えてしまう事もあります。もちろん人によって、「良い文章」は様々なので、仕方のない事ではありますが……それでも編集者として、もっと違う方法があったんじゃないかと、悔しくなりますね。
新米副編集長のくせに、偉そうに語っている僕ですが、この考え方は一つの言葉に強く影響を受けているのです。それが、次の言葉。

「編集者は料理人だ。どんなに素晴らしい食材でも料理に失敗したら捨てるしかなくなる。逆に、食材が安くても料理人の腕が良ければ美味しい料理は出来る。つまり、食材(文章)を生かすも殺すも、料理人(編集者)の腕にかかっている」
これは偉人の格言では無いですが……僕の父親の教えです。父はプロの編集者として働いていて、その経験をもとに生み出した、父なりの「編集者の定義」が、上の言葉というわけです。僕は、この言葉を見るたび、編集者の責任の重さを強く感じますね。さすがにプロの言葉には重みがあります……うーん、僕はひとまず料理の仕方を覚える所から始めないと。いやー、先は長いですね。

さて、この駄文を根気よく読んでくれた方がいるか心配ですが……最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。いやー、ずいぶんと生意気な事を書いてしまったなぁ。毒にも薬にもならない文章でしたが、このコラムで誰か一人でも暇な時間を潰せた方がいれば、幸いです。

(浜村弘大)