この記事はリッこら(http://reallcolumn.ko-me.com)の過去投稿をサイト移転のため、リバイバル掲載したものです。
内容は掲載当時(2013年)のものであるため若干の違和感があるかもしれません。
ご了承ください。

 突然ですが私は妄想が好きです。というわけで妄想をしましょう。

 目という物は、しばしば「心の窓」などと呼ばれます。人の精神状態や体調を表すものだ、と。また、小説や漫画においてもその「心の窓」としての目は描写されることが多く、登場人物の感情の変化で目の色が変わるときがあります。怒った時に目の色が赤色に変化したり、というように。
つまりは、この世界において目は心の動きに関係があるものと思われてきたわけです。それはなぜか。私は、きっと目というものが本来の自分を晒していたからではないかと思います。嘘をつくときにまず、目が揺れるように。私たちの目は本来の自分という物を表しているのではないでしょうか。

 また、民間伝承などにおいては、目は霊力が宿る器官だと考えられ、さまざまな目が存在します。「見ただけで人を石にしてしまう」という目や「見ただけで人を死に至らしめる」などいう目すら。これが本当だとしたら恐ろしい話ですね。そしてワクワクします。

 そんな目に対して、昨今、流行っているものがあるのです。何でしょうか?そう、それはカラーコンタクト!目を大きく見せるため、コスプレをするため……理由はさまざまでしょうが、コンタクト装着時に色素がとけだし、目を傷つけることがなくなったなど、安全面においての技術の向上などもあり、カラーコンタクトをつける方たちが着実に増えています。

 たしかに、カラーコンタクトをつけた方たちは美しい。以前よりも大きくなった目、朱色になった目……そのどれも、とても見応えがあります。本心を言わせてもらえば、見ていて楽しい。どんどんつけて!そして私に君の美しい姿をみせて!と。

 ですが、私はこうも思うのです。私たちは怯えているが故にカラーコンタクトをつけているのではないか、と。

 先も述べた通り、古来より目は精神を表すもの、そして強い力をもつものだと言われてきました。カラーコンタクトとはいわばそのような目を隠すもの。目のもつ本来の力―――などといったらいささか厨二病くさいのですが、いわば力としての本来の自分自身を隠してしまっているのではないでしょうか。カラーコンタクトをつけている限り、自分自身が持つ本来の目と相手の目とが出会うことはありません。だって、その目はあなたの持つ目とは形も色も違い、本来の目を覆い隠してしまっているのですから。
そうやって目を隠すことで、本来の自分を見られないようにしている。それが、他者と本来の自分との接触を恐れるという怯えに繋がっている。

 ……とまあ、カラーコンタクトについていろいろ書いてきましたが、そんな私はカラーコンタクト肯定派です。目の色が変わるっていうのは理屈ぬきに楽しいですしね!

 また、別の見方もあるでしょう。私としてはこちらの考え方の方が妄想として楽しいです。

 それは、私たちは隠しているのではなく守っているのだ、という見方。怯えからくる自己の守りではなく、守りのための守りです。この世界には見たくもないほどの醜悪なものが確かに存在します。精神的なものなり、高田馬場駅前の飲み会後の吐瀉物といった物質的なものなり。

 それを仮に邪眼そのもの、すなわち人を汚し、傷つけるものだと思ってみたらどうでしょう。私たちはカラーコンタクトというもので目を変え、極薄の膜を張り、本来の自分とその醜悪なものとが直接触れ合わぬよう、守っているのではないでしょうか。決して、自身の魂が汚されることのないように。貰いゲロをすることのないように。その結果として、私たちは自身を隠してしまっている。たしかに、本来の自分を隠しているという点においては、最初の考えと合致します。ですが、違うのはその目的。先の考えにおいては、カラーコンタクトは「隠すこと」を目的にしていました。本心をさらけ出すことに対しての怯えからの隠しですね。対して、後の考えにおいては周りからの守りを目的にしています。結果、本来の自分を隠してしまっている、というだけで。

 では、ここで妄想を発展させましょう!突如私の脳裏に浮かんだ一人の男の子について考えたいと思います。

 彼の名前はタケシ。ポケモンでサトシの傍にくっついていた女好きの男の子です。彼のなによりも特徴的な点といえば、ほぼ常に目をとじているということ。カラーコンタクトではありませんが、本来の目を見せないという点で一緒であると仮定します。いえ、実際には閉じていないのかもしれませんが、アニメにおいて、彼の目、といえるほど眼球が描写されることは滅多にありません。なので、彼の目は外界とあまり接触することのないものと判断しました。
目が 本来の自分をさらけ出す、という点においていうのならば、彼は好きな女性に対して自分という物をアピールするために目をしっかと開かなければならないでしょう。ですが、タケシの目は閉じている……(ように見える)。では、ここでさっきのお話を当てはめてみましょう!つまり、タケシは周りの邪眼的存在から身を守るために常に薄目だと仮定してみる、ということです。周りといえば、いつも一緒に旅している面子……サトシですね。

 つまり、突如浮かんでくるサトシ邪悪説。

 ―――合っているかどうかなんて気にしません!これは妄想です!ちなみに、広辞苑では、妄想とは「主観的な想像や信念」とあらわされております。ええ、まさしくこのサトシ邪悪説は主観的な想像といっていいでしょう。
また、タケシ君が実は心の中で他者に怯えている、という説も出てきます。何かトラウマがあって……というような形ですね。ああ、闇をもつタケシ君愛おしい。こういう瞬間に妄想の楽しさを感じます。

 ―――と、このように、ここまでいろいろと書き連ねてきて来ましたが、やはりもう一度言います。これは妄想です!
 
 とはいえ、この世界には多くのキャラがおり、多くの何がしかのイメージをもった物体が存在する。それは事実です。先ほど述べた目のように、ですね。それらを繋げて、切って、貼り付けて―――、その作業のなんと楽しいことか!自我なんてものを与えられ、自由に生きるよう、選択肢というものがあるように罰せられ、葛藤の中でいきる私たちに与えられた娯楽、それこそが妄想――!なんたる愉悦―――!

 と、私は一人パソコンの前でつらつらと思うのです。気づけば随分と長く語ってしまいました。私の妄想話はここらで終わらせてしまおうと思います。それでは、アディオス!